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あの蛍ちゃんを思い出す 今年の出会い別れ

 

 

 

こんにちは。

 

今年、とても忘れられない出逢いと別れがありました。

 

といっても、それは人ではなくて9月初旬に見つけた一匹の蛍のことです。

 

今でも、私の中であの女の子(私の中ではきっと、あの蛍は女子に違いないとおもっています。そもそも蛍に性別があるのかわかりませんが)

 

が、今年私と出逢ってくれた意味を深く深く感じます。

 

あの蛍を見つけたのは9月で、もうほとんど蛍なんかいない季節だったのです。

その子は、毎日毎日同じ場所でウォーキングをする私を待っていてくれました。台風にも飛ばされずに、翌日も同じ場所に居続ける蛍ちゃんを見つけると、とても安心感と嬉しさに包まれ、病気のなかリハビリで毎日ウォーキングをしていた私にとっては、何一つ動かずにその場所にいる。という安心感は、絶大なものでした。

その時、私が子供のころから、求めては手に入らなかった状況。いつもお母さんが家に居て、学校から帰ると「おかえり」と出迎えてくれるその憧れの姿。そういうものを投影していたのかもしれません。

私にはそのような事がなかったので、友達の専業主婦のお母さんが毎日「おかえり」といって出迎えてくれるその様子がとてもとてもうらやましかったのです。

 

私は、いつも家にいて誰かを待っている。その姿というものは、やはり心にとても安心感を与えるのだと、その蛍ちゃんに遭遇して、大人になった今改めてそう思ったのです。

私が求めていたものを持っている、蛍が姿を見せなくなったのは1週間ほどたったころ。その後、蛍の寿命は1週間ほどで、口が退化しているため栄養がとれなくなり、ほとんど餓死のような状態で死んでいくのだと知り、とても切なくなりました。それで涙がいっぱい出てきて、あの蛍ちゃんにもっと話しかけておけばよかった。感謝の気持ちを伝えておけばよかった。と思ったのです。

本当に、しおらしくて可愛らしい。心からその蛍に対して思った率直な感想です。

 

私は、その蛍から学びました。もしかしたら、人間も、あの蛍のような母性溢れる人を待っているのかもしれないと。今まで自分は、外で働いたりすることが苦手で、なぜ人のように働けないのか。と劣等感を持っていたりしました。しかし、あの蛍のように、家で人を待っている。ということを人間も心のどこかでもちつづけているのかもしれない。そう思うと、自分が家にいて家事やそのほかの事が好きな事に対して誇れるようになったのです・。

あの蛍が教えてくれたこと、絶対に忘れずに私もあんな蛍ちゃんみたいになりたい。と

そんなことを思った2018年の出来事でした。

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

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